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2017年01月21日

超音波浴場

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超音波浴場。
美容と健康に効果あり。

偽りのない効果を期待してか、どんどん超音波が強くなってしまい、
そのおかげでガラスは割れ、軒のトタンもガタガタになり、外塀にも激しくヒビが入ってしまった。
こんな強力な超音波で入浴したら、美容と健康どころか身も心もボロボロになってしまいそうだ。

経営者の意気込みも度を超えてしまっては逆効果。
不安に駆られて客足も遠のき、ついには閉店に追い込まれてしまった。

何ごとも「ほどほど」がなにより。

ああ、戒めの超音波浴場。




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2016年11月01日

喜多方 まち猫の流儀

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喜多方は福島県の会津地方にある地方都市。
都市といってもビルの建ち並ぶ都会ではなく、蔵作りの古い町並みの残る風情ある街。
おいしい「喜多方ラーメン」のご当地としても有名である。
行列の出来る有名なラーメン店で順番を待っていると、路地の向こうに猫の姿がチラホラ見える。
ボクはラーメンも好物なら、猫も大好物である。特に街を自由に生きる猫には目がない。
ラーメンをそこそこに食べ終えて街へ飛び出すと、なかなかに猫影が濃い街であることに気づく。

この街はイイ街である。

しかし、ここの猫たちは一見さんに厳しいのか、近づくとすぐに逃げてしまう。
しかたなくその場を離れると、また戻ってくる。
そんな猫との「イタチごっこ」を繰り返していると、後ろからふいに声を掛けられた。

「 猫が好きなの? 」

振り返ると地元のおじいさんが、ボクと猫とのやりとりを見かねて声を掛けてきたのだ。

「 この辺の猫は野良猫でね、好きな人がエサを与えたりしてるんだ 」

「 でもね、猫を嫌う人もいるから、追い払われたりもするんだよ 」

なるほど。

猫たちは近づく人との利害を見極めるために、一定の距離感を保っているのだろう。
それがここの「 まち猫の流儀 」なのだ。

「 猫が好きならウチのお兄ちゃんを撮っていきなよ 」

お兄ちゃんとは、おじいさんの飼っている猫らしく、まち猫に手をこまねいていたボクへのあたたかい心遣い。
ボクはおじいさんの好意に甘えて、おじいさん宅の玄関先で待っていると、お兄ちゃんを抱えて出てきてくれた。
しかし、お兄ちゃんはボクの姿を見るなり玄関を飛び出して、向かいの塀の向こうへ隠れてしまった。

「 お兄ちゃん、お兄ちゃん!おかしいなぁ、慣れてるんだけどなぁ 」

おじいさんはお兄ちゃんに向かって説得してくれたけど、お兄ちゃんは塀の向こうで撮影拒否を貫いていた。
お兄ちゃんもこの街の猫。だからここの「まち猫の流儀」をボクに示しているのだった。

郷に入っては郷に従え。

ボクはおじいさんとお兄ちゃんにお礼を言って、この街の猫の流儀に従い、猫との距離感を心得た。




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2015年12月01日

トランスフォーマー

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トランスフォーマーの変身現場だ。
地球外からやってきた猫型ロボット生物。

ドラえもんではなく、トランスフォーマー。

その証拠に、猫から自動車に変身して走り去った痕跡が、雪原にはっきりと残っている。
左右で車輪の跡が歪なのは、変身の慌ただしさを表しているのかもしれない。

普段の姿は自動車なのか、それとも猫なのだろうか。

猫種は?三毛?トラ?
車種は何?セダン?スポーツカー?はたまたトラック?

イヤ、猫が変身するなら、やっぱり英国車の「ジャガー」だろう。
猫からジャガーに変身すれば、生物的にも機械的にも、かなりのパワーアップである。

まちがいない。

変身する車種選びに、「こだわり」と「粋」が感じられる。
地球外からやって来た猫型ロボット生物も、なかなかである。

いずれにしても、トランスフォーマー実在の根拠が、ここに示されているのだ。
猫が出入りするガレージに、もし、ジャガーが停車していたのなら
それはトランスフォーマーかもしれない。

要注意物件まちがいナシである。




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2015年11月11日

アリとホオジロ

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ホオジロが錆びた手すりに留まっている。
よく見れば、その足下にアリが這ってきて、今にも脚に触る寸前だ。
ホオジロはまだ、アリに気が付いていない。
もし気が付けば、アリは啄まれてしまうだろう。

アリにとっては、大ピンチである。

しかし当のアリは、そんな危機感など、どこ吹く風だ。

そもそも、アリに危機感などアリはしない。

立ち止まってじっとしているボクの足にも、モゾモゾとアリが這い上がってくるときがある。
アリからすれば、人の足だろうが木の枝だろうが、脚が掛かればお構いなしに進んで行くのだ。

アリの歩みを止めることは出来ない。

ホオジロの脚にも、お構いなしに這い上がってくるかもしれない。
そして、気が付いても時遅く、モゾモゾと身体中をアリに蹂躙されてしまうかもしれない。

これはむしろ、ホオジロにとっての大ピンチなのか。

しかし、そんなことを考えている間もなく、ホオジロはすぐに飛び立ってしまった。
アリの姿も、一緒に消えた。
ホオジロはアリに脚を触られて飛び立ったのだろうか。
いや、もしかしたらアリを脚に付けたまま飛んでしまったのかもしれない。

アリの歩みを止めることは出来ない。

モゾモゾと身体をアリに蹂躙され、こそばゆさに耐えながら、ホオジロはどこに飛んでゆくのだろう。
これでは捕食者も形無しだ。

灯台もと暗し。
足下にはくれぐれも注意が必要だ。




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2015年11月03日

激ゆる派

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とある団体の掲示板。
政権批判と主義主張が掲げてある。
政権批判の文字には、かなりの激しさが見て取れる。
しかし、それに紛れて猫のポスターも貼られている。
よく見れば、それにも政治的主張が記されているのだが、いかんせん「肉球新党」の主張である。

緩い。

猫の生活が第一と謳われている。

同意できるが、ゆるすぎる。

ふざけているのかとも思ったが、公共性のある真面目な団体の掲示板であることから、
内容的には真剣なのだろう。

時代をさかのぼれば、政権批判や反体制運動として、デモや破壊行動などの激しい闘争の歴史があり、
学生連合や労働者階級の中には、様々な過激派が存在していた。
しかし今の時代、そのような暴力的主張は受け入れられるはずもなく、世間からは反感を買うのがオチであろう。

そこで、プロパガンダの転換を図ったのだろうか。
過激さよりも「ゆる」さのウケる昨今であることから、過激派ならぬ「激ゆる派」の誕生である。

古来、権威権力に従うことを「犬」と揶揄されることから、反体制のシンボルとしては「猫」なのである。
ゆるさの中にも、イデオロギーはちゃんと生きているのだ。

しかし、所詮、肉球新党、猫の主張である。

ゆるすぎる。

人の生活よりも、猫の生活が第一である。
激ゆる派の、政治的主張の成就とは如何に。




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2015年10月31日

アフロ兄弟

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大きく道にはみ出している。
よく見れば二つ。
さしずめ、アフロ兄弟といった風情だ。
アフロに風情というのもなんだが、そんなカンジ。
きれいに整えられてはいるけど、こんなにはみ出しては通行の邪魔だ。
私道ではなく公道のようだが、行政から指導はないのだろうか。

私道じゃナイから指導もナイ・・・。

イヤ、ちがう。

公道なのだから、通行の邪魔なら指導しなければイケない。
しかし、相手はアフロ兄弟だ。

根っからのはみ出し者。

さらに、向かいの家からはツンツンのパンクヘヤーだ。
これでは地方の行政など、おいそれと指導も出来ないだろう。
ところは会津若松の市街地。
パンクとソウルミュージックの流れるファンキーストリート。

触らぬ「髪」に祟りナシ。

人もクルマも、よけて通るしか術はなさそうだ。




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2015年10月28日

大蛇

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ヘビは苦手だ。
あの、つかみ所のないニョロッとした風体がダメ。
つかみ所ないどころか、つかめるワケもない。

ヘビの何処に生物としての合理的な理由があるというのだろう。

ヘビに関して言えば、ダーウィンの進化論よりも、
創世記にあるヘビは神の逆鱗に触れて、手足のない姿にされたという記述に頷けてしまう。

もちろん、現実的にはヘビに罪はない。
ボクに直接的な害を及ぼしたこともない。

それでも、ヘビを目にすると、なんとも言えない恐怖を感じてしまうのだ。
それどころか、荒縄やホースの切れ端を見ても、ヘビかと思ってギョッとしてしまうこともある。
ましてや、写真のような場面に出くわせば、一瞬、身体が硬直して思考が停止してしまう。
よく見れば、ぶら下がっている電気配線なのだが、鎌首をもたげたその姿は大蛇そのものではないか。

たかが電気配線でさえ、ボクをこれほどビビらせるヘビの存在とは。
これでは神から罰を受けたのは、ヘビなのかボクなのか判らないではないか。

神も罪なことをしてくれたものである。




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2015年10月24日

心霊写真

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小、中学生のころ、遠足などの学校行事で集合写真を撮ると、
きまって誰かが「心霊写真」を探し出していた。
最近は少なくなった気がするけど、そのころは夏になるとテレビなどで盛んに特集が組まれて、
心霊写真や心霊現象などが、有名な霊能力者によって解説されていた。
いま思えば、光や影の加減だったり、プリントのムラであったり、被写体のブレであったりと、
そのほとんどが「こじつけ」の類であったと思えるのだが、
なかには妙にそれっぽい写真もあったりして、怖さ半分、興味半分で、
写真の中に「こじつけ」の心霊現象を探し出しては、友達同士で騒いでいた記憶がある。

そんな当時からすれば、これなんか立派な「心霊写真」である。
暗い壁の窓の上に、複数のゆがんだ窓枠が、ぼーっと浮かび上がっている。
窓枠の心霊写真だ。

おそらく「地縛霊」であろう。

何らかの理由で取り壊された家の窓や、子供の悪戯で割られてしまった窓の怨念が、
この壁と窓に取り憑いているのだ。
このままだと、窓の雨漏れやすきま風、立て付けが悪くなり開けられなくなるなど、
様々な「霊障」が起きる可能性があるので、手厚い供養が必要だ。

などと・・・

街の寸景を相手に、子供の頃の「記憶の亡霊」と戯れる怪しいオトナが、ここに一人居るのであった。

南無阿弥陀仏。




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2015年10月21日

啓示

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神の啓示に会するも
仏教徒のボクには、どうしてよいのか判らない。

歓喜の窓枠も、天へ飛び上がる勢い。
でも、仏教徒のボクには、どうしてよいのか判らない。

神の起こしたもう奇跡も、異教の徒には、たんなる偶然。
偶然の中に真理を見出すのが、敬虔な信仰心。
敬虔さの足らないボクには、写真を撮るしか術はない。

何故ならば、写真こそがボクの信仰心だからだ。




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2015年10月18日

本性

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木道に小さなカマキリ。
しゃがんで覗き込んでみたら、ちょっと逃げ腰のポーズ。
でも、その影はカマを振り上げて、ファイターの威厳を示している。

カマキリの本性とは如何に。

光と影のイタズラに心躍らせる人間と、しりごみカマキリの、午後のひととき。




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